パニック障害を経験した芸能人の共通点とは?

こんにちは。
鹿内智治(しかうちともはる)です。

芸能人の中に、パニック障害だったことを公表している人がいます。

今回は5名の方について、パニック障害になった経緯をふまえながら、共通を見つけていきます。

彼らは、どういった経緯でパニック障害になり、どんな症状があって、何をしてパニック障害を克服していったのかについてお伝えします。

 

1人目の芸能人は「円広志」

1人目の芸能人は円広志さん。

「とんで、とんで、とんで~」の夢想歌で一躍有名になった方です。

歌の大ヒットをきっかけにして、テレビやラジオのレギュラーを多数持つようになって、めまぐるしく働いていたそうです。

当時の芸能界では、昼夜を問わずに働きまくるのは当たり前!

寝る時間がないことは、売れっ子の証でした。

どんどん人気が挙がっていて、順調に仕事を伸ばしていたある日。

 

最初の発作は運転中だった

ひとりで車を運転中のときでした。

いきなり、どうしようもない衝動におそわれてしまったのです。

「車を置いてここから逃げ出したい!」

息を切らして、なんとか家に着くことができたが、、どうしてもあのときの恐怖心が忘れられなくなってしまったそうです。

「運転中にまたあの衝動が起きたらどうしよう」

「また同じ発作が起きたらどうしよう」

そう悩み始めてしまって、自分の体調に自信を持ってなくなってしまいました。

レギュラー番組の収録中も心のなかでこう叫んでいたそうです。

「早く終われ!!早く終われ!!」

番組の打合せなどで結論がなかなかでないとイライラしてしまって、

「もういい加減にしろっ!!」

と怒鳴ってしまうことが増えていったそうなんです。

 

広場恐怖にむしばまれていく日々

最初は車の運転に対してのみ恐怖を感じていただけでした。

でも、次第にシートベルトをすることもダメになり、高速道路に乗ることもダメになり、高層階のビルに入ることさえできなくなっていったそうです。

「いったい俺はどうすればええんや!」

「もうこれ以上、テレビやラジオの仕事をすることに耐えられない!」

そう思ってマネージャーに全ての仕事をキャンセルしてほしいと泣きながら訴えそうです。

そしたら、マネージャーも理解をしてくれて、すべての仕事をキャンセルして、病気の療養に集中するようになったんです。

そこから、仕事のストレスから解放されるのですが、次は薬の摂取量が過剰になっていくことに悩み始めてしまうんです。

でも、そんな薬に対する不安も乗り越えて、今ではテレビでの仕事を再開できるまでに回復されたんです。

詳しくは、書籍に書いてありますので、こちらをお読みください。

「パニック障害、僕はこうして脱出した ~苦しいのは、あなただけじゃない~」
→ http://amzn.to/2AfGyJs

 

書籍で胸に響いた言葉

円さんが仕事に復帰するまでに気付かれたことで胸を打ったのが、

「生きているだけで意味がある」

ということを悟られていた点なんです。

今までテレビにラジオに出演してバリバリお金を稼いで高級車を買うことがステータスであるという価値観が生きてこれたんですが、この価値観が180度変わったわけです。

「お金とか地位とか名誉ではなく、生きていることに価値がある」

と思えるようになったことでパニック障害が治っていったのだと思います。

こういう風に、価値観が反転してしまう経験って、パニック障害を治すためには、とても重要だと思っているんです。

私もパニック障害に悩まされていたときは、まだ足りない、まだ満たされない、とよく思っていました。

でも今ではこの「足りない足りない」と思う価値観は捨てて、「今これだけある」という価値観に変えたところ、ストレスを感じることがだんだんと減っていきました。

ストレスを減らせると、パニック障害は少しずつ良くなっていきますから。

 

2人目の芸能人は「長嶋一茂」

続いての芸能人は、長嶋一茂さん。

今ではコメンテーターとしてニュース番組に出演されたり、バラエティー番組などで活躍されています。

実は最初にパニック発作が出たのは、30歳のときだったそうなんです。

 

空気が薄いと感じた日

友人とホテルニューオータニで食事をしているときに、たまたま入ったトイレでそれは起きました。

「あれ?空気が薄くないか!?」

そう思い始めてからあっという間にパニック状態になってしまって、気が付いたときには救急救命センターに担ぎこまれているということでした。

「なぜ、こんな発作が起きてしまったのか?」

そこから自分の体が信じられなくなってしまって、車を運転することができなくなってしまったそうなんです。

車を運転できないと、野球の練習に参加できませんから、度々休むようになってしまったんです。

休んでいるときでさえ、発作やめまいが度々起こっていました。

いつしか「もう楽になりたい、死にたい」と思うようになっていました。

なんとか今の状況を脱したい、そう思ってもがいていたけれども、ついに戦力外通告を受けてしまいます。

 

なんとか食べていかねばならない!

「なんとか生き延びなくてはならない!

そう思って、何か飯の種はないか?と探していたときに、たまたまエルメスのファッションショーのモデルをしてほしいというオファーが来たのでチャンレジしたそうなんです。

そしたら、思いのほか周りからの反響があって、「芸能会の仕事、オレいけるのかも!」と思うようになったそうなんです。

それ以降に明石家さんまさんに紹介してもらって、テレビの仕事が増えていました。

でも相変わらずパニック障害の症状は続いていました。

ドラマの撮影で東京から大阪に新幹線で行くときには毎回不安を耐えていたことや、

映画の撮影で房総半島に向かう途中に通るアクアラインが死ぬほど嫌だったことや

あるイベントに参加するときに鳥取まで飛行機に乗ったときに発作がでてしまったので、なんとか発作を抑えようと、手にボールペンの先を指して痛みで紛らわせていたことのエピソードは読んでいて胸が苦しくなりました。

こんなにも辛い体験をされてきていたことに驚きました。

詳しくことはこちらを読んでみてください。

「乗るのが恐い ~私のパニック障害克服法~」
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書籍が胸に響いた言葉

本書のなかに独自の入浴法や呼吸法が紹介されているんですけど、先ほどの円さんと一緒で一茂さんもパニック障害を治す過程で価値観に180度変えているんです。それが・・・

「「捨てる」ことが大事」

ということなんです。

「もっと人から評価されたい」「もっと人からすごいと言われたい」「もっと知識をつけたい」

などと、やりたいことやなりたいことはたくさんあるけど、すべて達成することって不可能だと気付かれたんです。

そして、本当に自分にとって大切なことは何なんか?と考えてみて、それが、ご家族だったんです。

なぜこういう価値観に持てるようになったかといえば、パニック障害を体験して自分の限界が分かったからですよ。

パニック障害を体験してなければ、絶対に気付かなかったことですよ。

このようにパニック障害を経験した人は、みな、パニック障害の経験を時間とともに肯定的にとらえているようになっているんです。

そうやって肯定的にとらえられるようになる人は、パニック障害を治せる人なんですよ。

 

3人目の芸能人は「中川家の兄、中川 剛」

最後の芸能人は、中川家のお兄ちゃんです。

彼がパニック障害であることを知ったのは、日本テレビの「誰だって波乱万丈」という番組でゲストで出ていたときです。

そのときに、こんなエピソードを話されていたんです。

まだあまり売れていないときに、二人で実家から大阪に向かう急行電車での中でパニック発作を経験。

そこから急行電車に乗れないから、仕方なく各駅停車で行っていたそうなんです。

でも、各駅停車だと急行電車に比べて3倍くらいの時間がかかってしまった。。

もちろん、お笑いの道を諦めたくない!

なので、時間が余計にかかる分だけ早く家をでて、なんとか劇場の出番に遅れないように通っていたそうなんです。

様子がおかしいことをさっと芸人仲間に決心してパニック障害のことを告白したそうなんです。

「おまえ、気持ち悪!」と拒絶されると思っていたら、実際は全くの逆!

「よく頑張っているな!」と周りから感心されたそうなんです。

それが本当に励みになって、もっといろんな人に告白し続けていたところ、だんだんと症状が軽くなっていったと語っていました。

そして、弟の礼二さんがずっとそばにいたことを励ましになったと語っていました。

こんなエピソードを聞いて、「みんなどっかで踏ん張っているんだな~」としみじみ思いました。

 

4人目の芸能人は「IKKO」

IKKOさんがパニック障害だったことは有名ですよね。

私は今でも覚えているのですが、まだIKKOさんがテレビに出始めのころ。

情熱大陸のような、芸能人を追っかける番組に出演されていたときにたまたま見ていたんです。

もうかれこれ、7、8年ちかく前だと思います。

美容商品の開発について関する打合せが終わってから、休憩室に戻るときのこと。

突然パニック発作がでてしまって、その場でうずくまるIKKOさん。

奇声を上げて震えているシーンが今でも目に焼き付いているんです。

そのころは、私はパニック障害という病気があることは知らず、「なんか突発的に体調がおかしくなっちゃうんだ~」くらいにしか思っていませんでした。

それから数年後にまさか自分がパニック障害になるとは思ってもいませんでした。。

IKKOさんがパニック障害になった理由は仕事の過労だそうです。

美容商品に関する会社を興すときに、ものすごくハードに働かれたそうなんです。

そのせいで、パニック発作が起こるようになってしまったけれども、まだ会社が小さかったので、無理をし続けて働き通しだったそうなんです。

その結果、症状がどんどん悪化してしまって、時間や場所を問わず発作ができるほどに悪化してしまったそうなんです。

そんなIKKOさんですが、支えてくれる人がいました。

会社を興したパートナーの支えがあって、今ではパニック障害を乗りこえていらっしゃるそうなんです。

やっぱり、身近の人の支えというのはとても大きい!ということですね。

 

5人目の芸能人は「堂本剛」

堂本剛さんは一時期、芸能活動を休止されていました。

そのときは、パニック障害の症状に悩まれていたと発表されていました。

私が中学生のとき、Kinkidsはめちゃめちゃ人気がありました。

特に「ぼくらの勇気 未満都市」というドラマは当時毎週土曜日にかぶりつくように見ていたのをよく覚えています。

当時、堂本剛さんのキャラはスポーツ万能で兄貴キャラ。なんでも引っ張っていってくれそうなイメージでした。

分かりやすい例えになるか微妙にですが、ちびまる子ちゃんで言うところの、大野君や杉山君のようなイメージでした。

本人としても、売り出すために、そういったキャラ付けがされていたようなんですけども、実際の内面の性格とは異なっていたようで、そのギャップがどんどん広がっていって、苦しくなっていったそうんです。

たしかにたまにテレビに出てくると、おばちゃんみたいな感じですもんね。

堂本剛さんを支えたのは、相方の堂本光一さんだったそうですね。

やっぱり、ここでも、身近な人の支えと待っていてくれる安心感があったのでしょう。

 

6.まとめ

このようにパニック障害を経験した人がどうやってパニック障害を治していったかを知ることはとても学びがあることが分かっていただけたと思います。

今回紹介した3人の芸能人はどなたも、仕事によるプレッシャーや働きすぎによってパニック発作が起こしている点が共通点としてありました。

その後、自分に対して自信を無くしまい、なにをするにも行動で着なくなってしまいますが、あきらめずにもがいていると、なにか良い出会いやきっかけがあって、だんだんと症状が軽くなられてました。

そして、パニック障害を治す過程で、新しい価値観を持つようになっていることがとても大事な点です。

少し抽象的なのですが、私はこう思っているんです。

「パニック障害を治すためには自分を許す価値観を手に入れるべき!」

たとえば、

「もっともっと思考をやめる」、「人生は引き算で考える」、「まあいいやでもいい」

など、今までピーーーんと張り詰めていた空気を緩めるような、そんな価値観を持つことが欠かせないと思うんです。事実は私もそうでしたから。

こうやって、パニック障害の先輩から見習うべきところはたくさんあるんです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます!


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ABOUTこの記事をかいた人

サラリーマンエンジニア。 ブログ「サラリーマンでもバレずにパニック障害を治せ」2年かけて自力でパニック障害を克服した体験をブログに日々更新している30代前半。 趣味は読書と海外ドラマ。