パニック発作が恐くて、バスに乗れなくなった日のこと

「バスも乗れなくなったか」

急行電車でパニック発作を経験してから1カ月ほぼたったころ。

急行電車を見るだけで怖かった。あの電車に乗ったら…また発作が起きる。

想像して、想像したことに怖がっていた。その想像を止められないでいた。

 

急行電車に乗れないと不便なことがある。それはこれまでより時間がかかってしまうことだ。

でも、時間をかければこれまで通りに行けるので、家を早くでるなどして対処できた。

まだこのときは、私の恐怖は急行電車だけだった。

 

うちには家族がいる。妻と、このころは1歳になったばかりの息子。

近くのショッピングモールに行くことになった。私は自分の下着と会社用のノートがほしかった。

妻はいろいろとお店を回りたかった。

 

「パニックの方は、大丈夫?」

 

妻に聞かれて、大丈夫と答えた。急行電車は無理だけど、他の乗り物では発作が出ていなかった。

正確には、あの発作を初めて経験した日以来、乗り物に乗っていなかった。

 

「バスなら大丈夫だから」

 

バスなら本当に大丈夫なのか?

そう答えて、少し不安になった。本当にバスなら大丈夫なのか?

パニック発作を経験してから、急行電車には怖くて乗れなくなった。でも、普通電車ならばなんとか乗れている。

とにかく長く扉が閉まっているのが耐えられなかった。扉が閉まっていると、「出られない」「降りれない」そう思うと不安で怖かった。閉まっている間、水中にいるような窒息感が恐かった。

でも普通電車ならば、1,2分で次の駅に着く。扉が開くとホッとする。だから、私の恐さは扉が閉まっている時間次第だったのだ。

 

バスはどうか?いけるか?

赤信号につかまると扉が閉まってる時間が長くなるかもしれない。バス停に乗る人がいなかったり、降りる人がいないと扉が閉まっている時間が長くなるかもしれない。人が多くて混んでると、圧迫感を感じ続けるかもしれない。

でも、最悪の最悪は、降車ボタンを押して降りることができる。「無理だ、先に帰ってて」と妻に言って、最悪降りてしまえばいい。降りて体調が戻ってから帰ればいい。だからバスはなんとかなると思い、自分を納得させた。

 

 

久しぶりにバスに乗ったら…

買い物に行く日。バス停に向かった。すぐにバスが来て乗り込んだ。休日だからか空いていた。イスに座れた。扉が閉まった。とたんに窒息感と恐さが出てきた。

 

「あー、早く扉、開いてくれ」

 

次のバス停はまだか?前方に目をやった。バス停のマークをずっと探していた。

「ビー」と降車ボタンが押されると安心した。バス停に待つ人がいると安心した。扉がもうすぐで開く合図だからだ。この窒息感から少しの間、解放されると思うと嬉しかった。

 

でも反対に、降車ボタンも押されず、バス停に人がいないと焦った。ドキドキした。「苦しい」「恐い」「早く扉、開け」と頭の中で繰り返された。ただただ不安だった。

 

目的のバス停で降りて、ホッとした。思いっきり息が吸えた。

 

 

帰りのバスに乗ったら…

そんな思いをしていたことは妻には言えなかった。これ以上不安にさせてはいけないと思った。

買い物をすませて、またバス停に向かった。すぐにバスが来て乗り込んだ。

行きと違って、混んでいた。イスは空いておらず、つり革につかまった。扉がしまった。バスが発車した。とたん、グッと重力を感じた。バスに普段乗り慣れてない私には、バスの発車やブレーキのときの重力が少しきつかった。

加えて、窒息感と恐さが出てきた。「扉、開いてくれ」

 

悪い事に、道が混んでいた。赤信号につかまった。バス停には、人が少なかった。降りる人もいなかった。

「扉、開いてくれ」開かなかった。

 

窒息感がピークに達してきた。息が吸いたい。外に出たい。だから、扉、開いてくれ。降車ボタンは押されなかった。

バス停に人もいなかった。本当に息が苦しい。吸っても吸っても、吸えてる感じがしなかった。頭が軽いパニックになってきた。あの感覚だと思った。パニック発作のときを思い出した。このままいくと、気を失うかもしれない。恐い。地べたに座ってしまおうか?ダメだ、おかしな人に見られる。ダメだ。どうする?

目の前が白くなってきた。もうダメだ。降りよう。ボタンを押そう。降りよう。妻に説明して余裕はない。降りよう。押すぞ!

 

と思ったとき、バス停に人が見えた。息が吸えると思った。バス停に停まった。扉が開いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」思い切り息を吸えた。

 

「大丈夫?」肩で息をしている私を見て妻が声をかけてきた。「大丈夫」と答えるしかできなかった。

 

しばらくして、家の最寄りのバス停に着いて降りた。降りたとき、「バスも乗れなくなったか」そう思った。

 

 

まとめ

私の反省。パニック発作を経験して日が浅いころに、むやみに乗り物に行っていけなかったと思う。きっと、どの乗り物も乗れなくて、似たような発作を起こして、いたずらに恐怖ばかり感じて、乗れなくなるかもしれないからだ。

でもそれは、ある意味、パニック障害になっていく、通過儀礼とも言えると思う。

パニック発作を経験して、広場恐怖や予期不安にならない人はラッキー。私はアンラッキーで、このあと症状は悪化し、NGの場所が増えていって、パニック障害に認定された。パニック障害に知識が浅いパニック障害の人(当時の私)は、どうしても無茶をしてしまう。それは仕方ないと思う。大切なことは、むしろ乗り物の恐さをどう克服していくかだ。まとめると、反省は特になし。よく我慢していたと当時の私に言いたい。


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