パニック障害の人生をどう考えるか?

こんにちは。
鹿内智治(しかうちともはる)です。

「パニック障害」というのは「檻」に入れられているようなものだと思うんです。

鉄格子に触れるとビビビっと電流が流れてくる「檻」

だから、鉄格子に触れられない。

でも、外に出るためには鉄格子に触れなければいけない!

どうすればいいのだ!!

そんな檻に入っているのが「パニック障害」という病気だと思うんです。

 

いつしか諦めムード

「檻」の鉄格子に触ると電流が流れてきてとても痛い。

始めのころは「檻」からどうにか脱出してしようと一生懸命にもがいてみる。

  • どうにか鍵を開ける方法がないか
  • 鉄格子を叩いて外に出られないか
  • 檻を上から抜け出す方法はないか

試行錯誤するのだけれども、どの方法であっても鉄格子に触らねばならい。

そうすると、「あの電流が!!」と思ってしまって、だんだんと脱出しようとすることを諦めるようになる。

 

有名なサルの実験

この例え話に近い実験がサルに対して行われたことがありました。

飼育室のなかに、4匹のサルがいて、バナナの木がありました。

バナナの木には、電流が流れる仕組みになっていて、外からの操作ができるようになっていたんです。

サルたちはバナナの木を見つけると、1匹のサルがバナナを取るために木に登っていました。

そのときに、バナナの木に対して電流をビビビっと流したのです。

1匹のサルに突然の痛みを感じて、木から飛び降りたんです。

サルは驚いた表情をしました。「この痛みはなんだ?」

もう一度、木に登り始めました。

また、電流を流します。ビビビ。

また、サルは痛みを感じて、木から飛びおりました。

これを何度かやっているうちに、サルはもうバナナを木からバナナを取ろうとしなくなったんです。

もう電流の電源を切っていても、もう取ろうとしなくなったんです。

そして、他の3匹もバナナを取ろうとはしなくなったそうです。

パニック発作のことを電流に例えてみました。

 

パニック障害でも十分生きていける

私がパニック障害に悩んでいたころ、発作や予期不安で苦しんでいました。

苦しむなかで、ある事実に気付きました。

それは、

「パニック障害であっても十分に生きていける」

パニック障害のせいで日常生活に不自由があったとしても生きていくことは十分にできます。

どんなに制約が多くあろうとも、どんなに発作が重傷であろうとも、生きていけるんです。

だから、パニック障害を治さなくても、生きる上では、問題ないのです。

あくまで「生きる上では」

でも、パニック障害は、「生活する上では」、支障があるわけです。

パニック障害は、仕事をする上でも、問題があるわけです。

これをどう考えるか?ということなんです。

生きる上では問題ない。

けれども、ご飯を食べて、寝て、起きて、またご飯を食べて、というように生きるだけではありません。

人と会話をしたり、仕事をしたり、モノを買ったり、人にモノを教えたり、というように誰しも生活をしているわけです。

生活するときの弊害をどう捉えるか?ということなんです。

 

私は豊かな生活がしたい

私は豊かな生活がしたいと思っています。

これはなにもお金を稼いで、40歳くらいでアーリーリタイアをして、あとは遊んで暮らす、みたいな生活のことではありません。

私が言っている「豊かな」というのは、家族と過ごす時間を十分にあって、自分の趣味などの時間も十分にあって、定年を気にせずに好きなことで働いていく。

そんな生活をしたいとずっと思っていました。

そうすると、パニック障害はものすごい壁になってくるんです。

ものすごい邪魔になってくるんです。

だから、私はパニック障害を治したいと思いました。

自分が目指す生活は、パニック障害があると実現できないので、パニック障害を治したいと思いました。

そして、4年かかりましたけれども、治すことができました。

生きることだけ考えたら、パニック障害を治す必要はなかったかもしれません。

でも、自分が目指す生活をするためには、パニック障害は障壁だったのです。

だから、必死に治した、ということなんです。

 

歳を重ねたときに思うこと

さきほど電流の例えをしました。

パニック障害になると「挑戦」というのに酷く怯えるようになることがあると思います。

私は30歳ごろにパニック障害に苦しんでいたとき、そりゃもうおびえていました。

「今日こそは電車に乗り続けてやる」

「今日こそはエレベーターに乗ってやる」

「今日こそは急行電車に乗ってやる」

挑戦したい。でも、恐い。

何が起きるか分からないと思っていたから。

だから、「挑戦」しようとしてもいつも足がすくんでいた。

でも、あるときに衝撃的なフレーズが目に飛び込んできたのです。

フレーズを見たときに「はぁ~!」と天からの声かと思ったことがあったんです。

それは、

「高齢者の人がもっと後悔していること。それは挑戦しなかったこと」

80歳を超えて、自らの人生を振り返ったときに思うこと。

それは、

「挑戦してこなかったこと」

なんだそうです。

挑戦できたのに、しなかったこと。

そのことに対して歳をとったときに、最も後悔するそうなんです。

つまり、「挑戦」以上に「後悔すること」についてどう考えるか?ということなんです。

 

最後に

パニック障害は治らなくとも十分に生きていけます。

それは、パニック障害と診断されて、十数年経つ患者の方が体現している通りです。

生きることはできます。

でも、パニック障害は生活する上ではどうしょうか。

とても支障が多いはずです。

支障が多いばっかりに、「挑戦」することを止めてしまう、ということがあるのです。

でも、考えていただきたいのは、80歳を超えたときに、今の自分のしていることをどう思うのか?

誰だって、高齢になったときに、「オレの人生、最高だったな!」と思いたいはずです。

そう思う人生にするためには、今何をするべきか?

考えてみる必要があると思うんです。

 

今回は

「パニック障害の人生をどう考えるか?」

ということをお伝えしてきましたが、

お伝えしたかったのは、

「80歳のときに後悔しない人生を考えるべき」

ということでした。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。


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ABOUTこの記事をかいた人

サラリーマンエンジニア。 ブログ「サラリーマンでもバレずにパニック障害を治せ」2年かけて自力でパニック障害を克服した体験をブログに日々更新している30代前半。 趣味は読書と海外ドラマ。